スウェーデン・チャルマース工科大学の研究チームが、真空から光子を生成する実験に成功したとのこと。真空のゆらぎの中で仮想粒子の生成・消滅が起こる「動的カシミール効果」を実験的に観測した世界初の例だといいます。

実験は、超伝導量子干渉素子(SQUID)を用いた電気的な「鏡」を光速に近い速度で振動させ、そこに光の仮想粒子を反射させるというもの。これにより、実粒子の光子対が真空中から現れる (Illustration: Philip Krantz, Chalmers)
量子力学の世界では、真空は完全に空っぽな空間ではなく、様々な粒子が一瞬出現しては消えていく「ゆらぎ」をもっているとされます。生成と消滅を繰り返す粒子は、「仮想粒子」と呼ばれています。
1970年に物理学者のMooreが提起した理論予想によれば、光速に近い速度で動いている鏡面に光の仮想粒子が反射した場合、真空からの実粒子生成現象が起こるとされており、この現象は動的カシミール効果と呼ばれています。チャルマース工科大の化学者 Christopher Wilson氏らは今回、仮想状態の光子を観測可能な光の実粒子に変えることに成功。動的カシミール効果を世界で初めて実験的に観測しました。
「カシミール効果が起こるほど速く鏡を動かすことは不可能です。そこで私たちは、鏡を動かすのと同じ効果がある別の方法を開発しました」と研究チームの実験物理学者 Per Delsing教授は説明します。「鏡までの物理的な距離を変化させる代わりに、マイクロ波に対して鏡として働く電気的回路を作り、その回路までの電気的距離を変化させることにしたのです」
この「鏡」は、超伝導量子干渉素子(SQUID: Superconducting quantum interference device)と呼ばれる超高感度磁気センサで構成されています。研究チームは、1秒の数十億分の1という間隔で磁場の方向を変化させることにより、光速の25%という速さでSQUIDを用いた「鏡」を振動させたのです。
「その結果、真空中から光子のペアが出現し、私たちはそれをマイクロ波放射の形で観測しました」とDelsing氏。「また、この放射が光子対の生成に関する量子論の予想通りの特性を持つことも立証したんです」
この実験中に起こったことは、「鏡」の運動エネルギーの一部が仮想光子に移され、そのエネルギーが仮想光子の実体化を促したと説明できるといいます。量子力学によれば、前述のとおり、真空中には多くの種類の仮想粒子が存在します。光子対が出現した理由について、理論物理学者のGoran Johansson准教授は、光子には質量がないからであると説明しています。
「(光子は質量を持たないため)比較的小さなエネルギーで仮想状態から励起させることができるのです。原理的には、電子や陽子など他の粒子も、真空から生成することが可能ですが、それには大量のエネルギーが必要になります」
研究チームは、真空からの光子対生成を詳細に調べることで、量子コンピュータの開発など、量子情報通信分野の研究に役立つ知見が得られるとしています。
しかしながら、この実験の主要な意義は、「真空のゆらぎ」といった物理学の基礎概念についての理解を深めてくれるところにあります。今年のノーベル物理学賞は「宇宙の加速膨張」の発見に対して与えられましたが、この加速膨張の原動力となっているとされる「ダークエネルギー」も真空のゆらぎに関係していると考えられています。なお、今回の研究成果は、「ネイチャー」2011年11月17日号にも掲載されています。
発表資料
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