北大、光学顕微鏡の測定限界を超えた「量子もつれ顕微鏡」を開発。生物・医学への応用期待

このエントリーをはてなブックマークに追加
Share on Facebook

北海道大学電子科学研究所の竹内繁樹教授、小野貴史博士研究員らが、量子もつれ状態の光を用いて、光学顕微鏡の標準量子限界を超えた感度をもつ「量子もつれ顕微鏡」を世界で初めて実現した。生体細胞などをより高精度で観測することが可能になり、生物学、医学など幅広い分野への応用が期待される。2013年9月12日付けの Nature Communications に論文が掲載されている。

量子もつれ顕微鏡のイメージ (出所:北海道大学)

光学顕微鏡の中でも微分干渉顕微鏡は、対象物を染色などせずに、そのまま非侵襲で観察・計測する手段として、生物学や医学などで広く用いられている。微分干渉顕微鏡の深さ方向分解能や計測精度は、標準量子限界と呼ばれる光の古典理論によって決まる信号雑音比で決まっている。その限界の下では、より高い深さの分解能や計測精度を得るためには、より強い光を当てるしか方法がないが、強い光を照射すると対象サンプルの損傷などの影響が出るという問題があった。

研究グループは2007年、量子もつれ状態の光子を用いることで標準量子限界を超えた位相測定が可能であるという原理検証実験に成功していた。今回、量子もつれ光子を微分干渉顕微鏡の照明光として利用することで、標準量子限界を突破することを試みた。今回の研究で用いた2光子もつれ合い状態は、「干渉計の一方の経路(A)に2光子状態が存在し、他方の経路(B)には光子がない」という状態と、「干渉計の一方の経路(A)には光子がなく、他方の経路(B)に2光子状態が存在する」という異なる2つの状態の量子重ね合わせ状態であるという。

光量子コンピュータの研究で培った良質な量子もつれ光子対源などの技術を用いて、「量子もつれ顕微鏡」を世界で初めて実現した。ガラス基盤の表面に原子100個程度の厚みで浮き彫りされた「Q」という文字の観察を行った結果、通常の光を用いた観察(標準量子限界)に比べ、1.35 倍の信号雑音比を達成した。

今後、より多数の光子のもつれ状態を実現することで、微分干渉顕微鏡に標準量子限界を大きく上回るの感度をもたせることが可能になると考えられる。将来的には、生体細胞内部のわずかな物質分布の変化や、タンパク質結晶の結晶化過程の解明など、これまで感度が不足し観察・測定できなかったさまざまな課題への応用が期待される。また今回の成果は、量子コンピュータに代表される量子情報技術の、より広範な分野への応用のさきがけでもあるといえる。

図1 従来の微分干渉顕微鏡と量子もつれ顕微鏡のしくみ (出所:北海道大学)

 
図1(a)は、従来の微分干渉顕微鏡のしくみを図示したもの。偏光プリズムによって、光を2つの偏光(赤:垂直偏光 青:水平偏光)の光線に分離、その2つの光がサンプルのわずかに異なる点を通過する。それら2つの光線を再度偏光プリズムで合波すると、古典的な光の干渉により、2つの光線の光路長の差を検知することが可能だが、その精度には、標準量子限界による限界が存在する。(b)は、今回開発された量子もつれ顕微鏡。普通の光の代わりに、「垂直偏光が2光子存在」と「水平偏光が2光子存在」という量子もつれ光を光源として利用している。偏光プリズムで合波した際に生じる量子干渉信号は、光路長の差に対する信号の変化が、通常の光の場合よりもより鋭敏になる。その結果、古典理論による限界を超えた精度を達成することが可能になる。(c)~(e)は、微分干渉顕微鏡および量子もつれ顕微鏡での信号取得の様子。2つの光線が同じ厚みを通る場合(c,e)に対し、異なる厚みを通る場合(d)に信号が変化している。

図2 実験装置図 (出所:北海道大学)

 
図2は、今回の実験装置図。(a)ポンプ光(水色)によって励起された2枚のホウ酸バリウム結晶(BBO)のそれぞれから、量子もつれ光子対が発生する。発生した量子もつれ光子対は、光ファイバによって微分干渉顕微鏡部に導入される。微分干渉顕微鏡部では、方解石(カルサイト)を用いて偏光成分ごとに2つの光路に分離され、サンプルに入射される。サンプルを透過した量子もつれ光は、方解石によって合波されたのち、半波長板と偏光ビームスプリッター(PBS)によって2光子量子干渉が生じる。その結果を2台の光子検出器によって同時計数する。(b)発生した量子もつれ光の量子トモグラフィー結果。良質なもつれ光子対が生成していることが分かる。(c)微分干渉顕微鏡部での1光子干渉結果。(d)微分干渉顕微鏡部での2光子量子干渉結果。

図3 実験結果 (出所:北海道大学)

 
図3は、今回の実験結果。(a)は、観察に用いたサンプルの原子間力顕微鏡像。ガラス基盤上に「Q」の字が厚さ17nmで浮き彫りにされている。(b)は、図(a)の赤枠線で囲んだ部分を断面方向について画像化したもの。(c)は、量子もつれ光を用いて取得した画像。同じ光量の通常の光を用いて得た画像(d)と比較し、Qの字の輪郭がはっきりと確認できる。(e,f)は、図(c,d)の赤い枠線で囲んだ部分のデータ強度分布をグラフ化したもの。黒線は、理論的に得られる平均カウント数。(g,h)は、理論値からのずれをヒストグラム化したもの。量子もつれ顕微鏡(g)のヒストグラムは、通常の光を用いた場合(h)にくらべて分散が小さく、より高い信号雑音比が得られていることが分かる。


北海道大学の発表資料

おすすめ記事

Related Posts Plugin for WordPress, Blogger...