東大ら、銀ナノシートを有する層状化合物で超高電子移動度を実現。高性能の熱電変換素子開発に期待

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東京大学と理化学研究所は、銀のナノシートを有する層状化合物 β-CuAgSe が、室温程度の熱で動作する新たな高性能熱電変換材料として有望であることを発見した。結晶格子に乱れを導入しても、高純度のシリコン半導体単結晶に匹敵する高い電子移動度を示すことを確認した。冷却能力の高いペルチェ式クーラーのための新しい熱電材料開発の進展が期待される。東大大学院工学系研究科の石渡晋太郎准教授と十倉好紀教授、理研創発物性科学研究センターらによる成果。2013年4月21日付けの Nature Materials に論文が掲載されている。

層状化合物β-CuAgSeのイメージ。格子点に存在する赤と紫の球体は、それぞれ Cu と Se を表す。銀の球体は伝導電子を表しており、Cu-Se 層に挟まれた Ag 層内を、奥の熱せられた領域から手前側に向かって超高速で移動している (出所:東京大学)

熱エネルギーを電気エネルギーに直接変換できる熱電変換素子は動作温度(-100℃~1500℃)に応じて様々な材料が開発されているが、室温近傍の比較的低温領域で高い熱電性能を示す材料は、これまでビスマスを含む化合物に限られていた。市販のワインセラーや、光通信用半導体レーザー、医療機器などの冷却装置に搭載されているペルチェ式クーラーにも、すべてビスマス系化合物が使われている。ペルチェ式クーラーは小型化が可能、騒音振動がない、メンテナンスフリーなど様々な特徴を備えているが、熱電変換効率が10%程度と低く、冷却能力はコンプレッサー式には遠く及ばないため、低温でより高い性能を持つ新しい熱電材料の開発が望まれていた。

熱電変換効率を決める無次元性能指数を高めるには、大きなゼーベック係数(温度差1℃あたりの起電力)、高い電気伝導率、低い熱伝導率の3つの要素を兼ね備えた材料を探す必要がある。これらはすべてキャリア密度の関数となっており、キャリア密度が1019cm-3程度のときに無次元性能指数が最大値をとることが知られている。例えば、銀は最も電気伝導率が高い金属として知られているが、キャリア密度が高すぎるため、ゼーベック係数は非常に小さい値となる。

性能指数をさらに高めるには、電子の移動度を高くし、格子振動による熱伝導率を低くすればよいとされる。格子振動による熱伝導率を低下させるための最も効果的な方法は、化学置換による結晶格子への乱れの導入であるが、一般に格子の乱れは電子移動度の低下を引き起こす。

現在、電子伝導を乱すことなく格子熱伝導を低下させることが期待されるカゴ状物質を中心に研究が進められており、実際にビスマス系化合物に匹敵する低い熱伝導率を示す材料も見つかっている。しかし、カゴ状構造は化学置換による自在な物性制御に適した構造とはいえず、移動度という点ではビスマス系化合物と比べて劣っている。そこで今回の研究では、銀を主要元素として含む β-Ag2Se が、乱れを有するにもかかわらずビスマス系化合物と同程度の移動度を示すことに着目し、その類縁物質であり化学置換に適した層状構造をもつ β-CuAgSe の熱電性能を調べた。

図1 β-CuAgSe の結晶構造(左)と、熱伝導率及び移動度の温度変化。Cu サイトの占有率は50%であり、Cu を含む層に乱れが存在することが分かる。試料の熱伝導率から電子による熱伝導率を差し引いたものを、格子振動による熱伝導率として示した (出所:東京大学)

 
β-CuAgSe と置換体 β-Cu0.9Ni0.1AgSe の多結晶試料を作製し、熱電測定や磁場中の電気抵抗測定を行った。その結果、β-CuAgSe がガラス並に低い格子熱伝導率をもちながらも(図1a)、低温で20000cm2/Vsという非常に高い電子移動度を示すことが分かった。さらに Ni 置換体では、Cu-Se 層の乱れが増大したにもかかわらず、移動度が90000cm2/Vsまで大幅に向上することも明らかとなった(図1b)。これは量子ホール効果を示す HgTe 単結晶薄膜や高純度の Si 単結晶に匹敵する値であり、化学的な乱れを有する多結晶体としては驚異的な数値であるといえる。

図2 出力因子(パワーファクター)の温度変化 (出所:東京大学)

 
第一原理計算を行ったところ、β-CuAgSe は金属と半導体の中間に位置する半金属であり、銀の s 軌道からなる伝導バンドが超高移動度の電子伝導を担う一方で、Cu の d 軌道と Se の p 軌道からなる価電子バンドはほとんど伝導に寄与しないことが分かった。したがって β-CuAgSe の系は、図1に示したように、高移動度の銀ナノシートと乱れを許容する Cu-Se ナノシートからなる自然超格子構造によって実現した新しいタイプの高性能熱電材料であるといえる。

熱電性能を示す指標の一つとして、ゼーベック係数の二乗に電気伝導率をかけた出力因子(パワーファクター)が使われるが、これは単位温度差あたりの発電電力に相当する。Ni 置換体 β-Cu0.9Ni0.1AgSe は、室温以下の広い温度領域でビスマス-テルル系熱電材料と同程度の出力因子を持っており、室温近傍から100K(-173℃)以下の低温領域まで高い値を示している(図2)。β-CuAgSe は、今後さらなる化学置換・ナノ構造制御を行うことで、体温のような室温程度の熱を利用した発電機や、高い冷却能力をもったペルチェ式クーラーとして応用できる可能性がある。


発表資料

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