マサチューセッツ工科大学(MIT)を中心とする研究チームが、「量子スピン液体」と呼ばれる状態にある磁性体の存在を実験で確認した。量子スピン液体状態の磁性体は固体の結晶だが、物質を構成する個々の粒子の磁気方向が低温でも秩序化されずに絶えず変動しており、あたかも液体中の分子のように振舞う。強磁性、反強磁性につづく第三の基本的な磁性の状態であるとされる。2012年12月19日付けの Nature に論文が掲載されている。
今回報告された量子スピン液体状態は、ハーバートスミス石という鉱物の結晶中で発見された。ハーバートスミス石は、カゴメ状の結晶格子構造を持つ化合物 ZnCu3(OD)6Cl2 で、スピン1/2の反強磁性材料。研究チームは昨年、ハーバートスミス石の大型で高純度な結晶の作製に初めて成功し、その特性を調べる中で、量子スピン液体の特徴である「分数量子数を持つスピノン励起」を確認した。
分数量子数を持つスピノン励起は、中性子散乱法によって測定された。測定には、米国立標準技術研究所(NIST)の中性子スペクトロメータを使用した。実験では、低温下におけるスピンの励起の連続体化が観測された。この現象は、秩序化された反強磁性体において観測される通常のスピン波とは対照的なものであり、スピン状態の分数量子化を強く示唆するものであるという。このような分数スピン励起の兆候は、これまでは1次元系の材料でしか観測されたことがなかった。
上の図は、ハーバートスミス石の結晶中での磁気効果を画像化したもの。緑色の領域が、NISTのマルチアングル結晶スペクトロメータ(MACS)による測定で中性子の散乱度が高くなった部分を表している。低温で強く秩序化される通常の磁性体では緑の領域はぽつぽつと散らばった点にしかならないが、量子スピン液体のような秩序化されていない磁性体では試料全体に緑の領域が揃って表れるという。量子スピン液体についての基礎研究が実用レベルで応用されるまでには長い期間を要すると考えられるが、いずれは長距離量子もつれ現象を利用したデータストレージや通信技術の開発につながる可能性がある。また、高温超伝導の研究にも大きな影響を与えるとみられている。
発表資料
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