「データ削除するとコンピュータが冷却できる」 スイス連邦工科大が発見

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コンピュータを動かすと熱が出るというのはよく知られたことですが、理論物理学者たちは「コンピュータ処理で熱が発生しないこともある。それどころか、一定の条件下では冷却効果が生じることさえある」という驚くべき事実を発見しました。この発見の背景には、「情報とその欠如」に関する本質的な考察があるといいます。

物理学者ロルフ・ランダウア (1927 – 1999)。情報の消去など論理的に非可逆な計算が熱力学的にも非可逆であるとする「ランダウアの原理」を提唱した

スイス連邦工科大学のRenato Renner氏とシンガポール国立大学量子技術センターのVlatko Vedral氏らの研究チームは、最近「一定の条件下でデータ削除を行うことで、コンピュータを発熱させる代わりに冷却効果を生むことができる」という報告を行いました。この冷却効果が現れるのは、「量子もつれ」と呼ばれる奇妙な量子現象が引き起こされるときであるといいます。究極的には、コンピュータの冷却にこの効果を利用することで発熱による処理能力の低下を抑えられる可能性もあるとのことです。「スーパーコンピュータにこの機能を実装するために必要な量子レベルでの制御には非常に難しい技術的課題がありますが、不可能なものではないでしょう。実際、過去20年間にも量子技術は目覚ましい進歩を遂げてきたわけですから」とVedral氏は述べています。現在の量子力学の技術を使って、少量のデータによる原理的実験を行うことも可能でしょう。

ランダウアの原理

1961年、物理学者のロルフ・ランダウアは、データの削除中に熱のかたちでエネルギーの放出が起こるのは不可避的である、ということを計算で示しました。ランダウアの原理は、単位秒当りの計算処理がある一定の数値を超えるとき、コンピュータが生む熱は放散できない量に達するということを示唆しています。現在のスーパーコンピュータでは、これとは別の原因による発熱の方が目立っていますが、今後10~20年間のうちに、ランダウアが指摘したデータ消去による発熱が重要な問題となってくるとRenner氏は考えています。10テラバイトのデータを消去したときに発生する熱は原理上100万分の1ジュール未満ですが、このような消去処理が1秒間に何回も繰り返されるようになれば、熱はそれ相応に蓄積されることになるからです。

今回の研究は、消去されるデータのビット値が分かっている場合に関して、ランダウアの原理の再検討を行うものです。メモリの内容が分かっている場合、その内容を再現することが理論的に可能な方法でビット消去を行うことができるはずです。こうした可逆的な消去処理では熱は発生しないだろうということが、先行研究で示されていますが、研究者たちは今回さらに一歩踏み込んでいます。消去されるビットが観測者の状態と量子力学的に「もつれて」いるとき、観測者はビット消去を行いつつシステムから熱を取り去ることもできる、というのです。観測者とコンピュータの状態が量子もつれによって関連付けられるとき、メモリについて観測者が得る情報は、古典力学的に可能な情報よりも多くなるのです。

情報理論と熱力学の共通項

この結果にたどりつくために、研究者たちは「エントロピー」の概念に関する情報理論と熱力学の知見を結びつけました。大部分は互いに独立しているこれら二分野において、エントロピーはそれぞれ違った形で現れるものです。情報理論におけるエントロピーとは、情報密度の尺度です。例えば、ある一組のデータが最適に圧縮されたとき、どのくらいのメモリ容量に収まるのかということがエントロピーで記述されます。一方、熱力学におけるエントロピーは、システムの無秩序性に関係しています。例えば、気体中での分子の配列などです。熱力学では、あるシステムにおけるエントロピーの増大は通常、熱エネルギーの増大に等しいと見なされています。

「私たちの研究が示しているのは、両分野においてエントロピーという用語で記述されているものが実際には同一の事象であるということです。量子力学の領域においても、そうなのです」とRenner氏は述べています。二つのエントロピーの式が同じものであると見られるようになるにつれて、これまでにも、二つの間には何らかの関係性があるはずと考えられるようになっていました。「両方のケースにおいて、エントロピーはある種の情報不足であると考えられる、とするのが今回の研究です」と同氏は言います。

エントロピーを測定する際には、測定対象それ自体が一定量のエントロピーを持っているのではない、測定対象のエントロピーは常に観測者に依存しているのだ、ということに留意すべきでしょう。データ削除の例にあてはめてみると、これは次のようなことを意味します。すなわち、もしも二人の人間が一つのメモリ内にあるデータを削除するとして、片方の人がこのデータに関する情報を相手より多く持っているとすると、その人はメモリのエントロピーが相手よりも低いことに気づき、より低いエネルギーでメモリを消去できる、ということです。量子力学におけるエントロピーは、情報理論の観点から計算されるのとは反対の、普通とは異なる性質を持つことがあります。あるシステムの情報が完全に古典的であるということは、そのエントロピーがゼロであると観測者が捉えているということを意味しています。これは、観測者の記憶とシステムのメモリが、古典力学において可能とされる程度に完全な相関性を持っているということに相当します。一方、量子もつれは、「完全な情報を上回る情報(超完全な情報)」を観測者に与えます。何故かというと、量子的相関性は古典的相関性よりも強いからです。エントロピーがゼロより小さくなるということが、ここから導かれます。理論物理学者たちは、この負のエントロピーを計算に使う際に、それが熱力学的に、あるいは実験上で何を意味するかをこれまで理解していませんでした。

熱力学第二法則

コンピュータのメモリの情報が完全に古典的なケース(ゼロ・エントロピー)では、理論上、データ削除にはまったくエネルギーを必要としません。今回の研究が証明しているのは、メモリの量子もつれに由来する「超完全な情報」(負のエントロピー)によって、データ削除とコンピュータからの熱の除去が同時に引き起こされるということ、そして、その除去は利用可能なエネルギーの形をとる、ということです。これが負のエントロピーの物理的な意味なのです。

とはいうものの、「これは永久運動機関を開発できるという意味ではない」とRenner氏は強調します。データが削除できるのは、ただ一度だけであり、したがってエネルギーを作り出し続けるのは不可能ということです。この過程で量子もつれも失われてしまいますし、システムを初期状態にリセットするためにはエネルギーの入力が必要になります。これは熱力学第二法則(エントロピー増大則)に合致しています。「我々の研究は第二法則の許容範囲ぎりぎりだ。あと一歩でも進めば法則を破ることになる」とVedral氏。

根本的な発見

熱力学と情報理論のエントロピーに関する新発見には、コンピュータの発熱計算を越える有用性があるかもしれません。例えば、情報理論に従って開発されるエントロピー操作法が、熱力学に革新をもたらす可能性もあります。二つのエントロピー概念の間に橋渡されたつながりは根本的なものなのです。

原文 http://bit.ly/kHnwq4
訳出 SJN

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