テュービンゲン大、太陽電池を利用した人工視力技術を開発

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独・テュービンゲン大学の研究チームが、太陽電池(フォトダイオード)を利用した人工視力技術を開発しているとのこと。高密度の画素配列と光起電力センサを網膜下で組み合わせることで、網膜変性によって損なわれた視力を人工的に回復できるとしている。眼球内に電子デバイスをインプラントして視力回復を行う技術には先行例があるが、太陽電池を利用することによって、給電および信号伝送用の誘導コイルを体内に埋め込む必要がなくなった点が今回の成果であるという。

図上 人工視力技術の3つのアプローチ。青色で示したのが網膜上、黄色が網膜下、緑色が脈絡膜上腔へのインプラント。図下 網膜変性の仕組み。光受容体(R)は失われているが、双極細胞(B)と神経節細胞(GC)の機能は維持されている (Eberhart Zrenner, Nature Photonics (2012) doi:10.1038/nphoton.2012.114)

研究を行ったのは、テュービンゲン大・眼科センター 眼科研究所(Institute for Ophthalmic Research)のチーム。同研究所所長のEberhart Zrenner氏が、2012年5月29日付の「ネイチャー・フォトニクス」オンライン版に、この研究についての解説記事を寄稿している(以下、本稿は Zrenner氏の許諾を得てこれを翻訳、要約したもの)。

ヒトの視覚は、光受容体が像を捉えるところから生じる。光受容体は適応性の高い高感度の光トランスデューサであり、網膜内層における神経回路として機能するニューロ処理配列に接続されている。処理された画像情報は、網膜内にある数百万の光学神経繊維を通して、神経節細胞層から脳へと伝達される。網膜は光学的に透明であり、その膜厚はわずか200μmほどである。

光受容体層の変性は、ヒトの視力を低下させ、最終的には失明を招くことになる。人工視力の研究では当初、変性した光受容体を受動素子のフォトダイオード配列で置き換え、給電も自然光だけで行うことが試みられた。しかし残念ながら、フォトダイオード画素1個が受ける微量の自然光には、網膜変性によって失われた視覚を回復できるほどの強さがなかった。今日、網膜へのインプラント技術では、眼球の内側または外側に接している受像部で受けた光子を、能動素子によって電子的に増幅する方法が用いられている。この方法では、誘導コイルと細いケーブルを使って外部電力と信号を伝送する必要がある。

今回、Keith Mathieson氏とJames Loudin氏らの研究チームは、網膜下の電極配列へのエレガントな給電技術を提案している。各画素における給電は、直列接続したフォトダイオード配列によって行われる。各画素には、近赤外光放射ゴーグルによって、それぞれ個別に光が送り込まれる。この方法では埋め込み型コイルやケーブルが不要となり、個々の光起電力画素から生じる電流で網膜神経を十分刺激できるようになるため、研究当初の受動素子型コンセプトが再浮上してくる。

給電と信号伝送に誘導コイルを用いる方法で問題となるのは、直列または並列で扱える電極数に限りがあるため、人工視力の空間分解能が制限を受けるということである。また、誘導コイルとケーブルの使用には、複雑な外科的施術も必要とされる。さらに、眼球に接する電子回路を極薄の防水材料で封止したり、放熱を適正に行う必要もある。

Mathieson氏らは、網膜下で人工器官の光起電力を用いることによって、これらの問題をある程度克服している。各画素のシリコンフォトダイオードは、パルス赤外光を通して電力とデータを直接受け取り、パルス赤外光から生じる出力電流が隣接するニューロンを刺激することになる。以前は、網膜上の1点に入射する光が非常に弱く、必要な光の1000分の1程度しかないため、これを微小な太陽電池1個で電気に変換してもニューロン間での信号伝達を行えるだけの信号が生成できないという問題があった。今回は、上記の仕組みによって、この問題が解消されている。

Mathieson氏らの開発した網膜下フォトダイオード配列。(a)3重ダイオード画素による網膜下刺激デバイス、(b)512画素のフレキシブル配列。微小なバネを使って個々の画素が太陽電池(フォトダイオード)に接続されている (Eberhart Zrenner, Nature Photonics (2012) doi:10.1038/nphoton.2012.114)

研究チームは、この成果を達成するにあたって、実験に基づくいくつかの革新的技術を用いている。1つ目の革新は、各画素において、フォトダイオード3個を直列につないだことである。デバイスは、マスク6枚を使った露光プロセスによって、SOI基板上に積層されている。この構造には、自然界の光受容体と原理的に似たところがあるといえる。光受容体の高い光感度は、感光性ロドプシン分子で満たされた微小な円板の積層体に起因しているからである。フォトダイオード3個で構成された画素によって吸収される光は、1.5Vの電圧を生じさせ、二相のパルス電流を放電する。パルス電流による刺激から、面積70μm2あたり最大1.5μC/cm2の電荷注入が起こる。面積70μm2の双極画素1個には、面積20μm2の酸化インジウムのアクティブ電極と部分的に同心状となった帰還電極が含まれている。帰還電極には、隣接する画素との絶縁性を向上する働きがある。

2つ目の革新は、波長880~905nmの近赤外パルス光を利用している点である。近赤外パルス光は、レーザー画像投影装置から照射され、網膜外側の変性したラットに体外移植したフォトダイオード配列を駆動するために用いられた。この状態での網膜下の光起電力刺激によって、網膜のニューロンからの信号出力のトリガーとなるために必要な励起エネルギーが発生する。また、研究チームは、512個の電極における総出力電流が、眼球内での安全限界値を超えないことも示している。これが可能になったのは、多数の画素それぞれが微小なバネで接続されることによって、球状の網膜下の領域によく接着するフレキシブルな配列が形成されているためであると考えられる。

今回の成果は、実現可能性という点でかなり説得力があるが、このアプローチを実際にヒトの目に適用できるようになるのは、まだ当分先のことになると思われる。特に、網膜組織との生体適合性、材料の生体安定性、安全な外科手術の方法が確立されていないためである。さらに、高輝度の画像を網膜下の配列に送り込む液晶ゴーグルの開発も行われなければならない。このゴーグルは、眼球が動いている間も、網膜下の配列の正確な領域を刺激するためのものである。動いている眼球において、網膜の予め定められた位置にゴーグルからの高エネルギー放射を安全に到達させるのは、かなり難しいことは確かだが、不可能ではないと思われる。

別のアプローチには、安全性、効率、医療的応用の観点から、さらに開発が進んでいるものもある。例えば、米国Second Sightが開発した「ARGUS II」というシステムは網膜上の電極60個を用いるもので、30人の被験者に対して臨床試験が行われている。欧州では末期の網膜色素変性疾患の治療としてCEマークも取得している。ただし、このシステムは使用する電極の個数が比較的少ないため、空間分解能に限界がある。また、受像部が体外(ゴーグルのフレーム部分)にあるため、対象の位置を特定するために眼球の動きを利用することができない。

もう1つのシステムは、ドイツのRetina Implantが開発した「Alpha IMS」というもので、こちらは網膜下にインプラントするタイプである。このシステムでは、1500個のフォトダイオードが、70μm間隔で配置されており、この種のデバイスでは現時点で最も画素密度が高い。これまでにAlpha IMSを網膜下にインプラントした患者は26名おり、文字の読み取り、顔の表情の認識、卓上に置かれた様々な物体の識別などが可能になっている。自然に起こる固視微動によって、網膜およびインプラントされたチップが非自発的かつ恒常的に動くことで、認識された画像は自然にリフレッシュされる。これとは対照的に、眼球の外側にカメラを実装するシステムでは、うなずいたり頭を振ったときにしか画像のリフレッシュができない。さらに、今回のMathieson氏らの方法と同様、Alpha IMSも網膜内のニューロンに接続されるため、ARGUS IIのインプラントの場合のような長期訓練や再プログラミングは必要とされない。

人工視力システムの中で、臨床試験段階まで進んでいるのは、ARGUS IIとAlpha IMSだけである。視覚障害者のためのインプラント技術の研究は活発に行われており、研究者の中には、実現へのハードルが低い脈絡膜上腔へのインプラントに取り組んでいるグループもある。


原文 Eberhart Zrenner
要約 SJN

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