地震に対して建物を「透明化」する免震技術、マンチェスター大の数学者が提唱

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マンチェスター大学の数学者 William Parnell氏らが、地震に対して建物を「透明化」あるいは「不可視化」して震動の影響を免れるという新たな免震方法を提唱しています。「透明人間のマント」のような効果を持つある種の媒質で建物を隠すことによって、まるでそこに何もないかのように地震波が建物を通り過ぎるようになるといいます。

媒質に非線形プレストレスをかけることで面外せん断波の散乱を抑えることができる (William J. Parnell (2011) doi: 10.1098/rspa.2011.0477)

近年、ナノテクノロジーなどを駆使して「透明人間のマント」を作るクローキング技術の研究が活発に行われるようになっています。クローキングとしてよく知られているのは、物体に可視光やマイクロ波などが当たっても波の散乱が起こらないように「メタマテリアル」と呼ばれる特殊なナノテク材料を使う方法です。光の波が物体に干渉されずに進むことで、観測者からは物体の背後にある景色が回り込んで見えるようになるため、結果的に物体が透明になり不可視化されます。

クローキング分野では、こうした理論と実践両面での大きな進展が続いているとParnell氏は言います。

「クローキングの研究は、5~6年前にまず光に関する分野から始まりました。ここ数年間、私たちは光以外のタイプの波に関する研究に取り組んでいます。その中で最も重要なのは、おそらく音波と弾性波でしょう。弾性波について実用上の問題となるのは、自然に存在している材料を使ってクローキングを行うことが通常は不可能であるとされていることです」

そこで、Parnell氏らが研究しているのは、メタマテリアルのような特殊な材料を使わなくても、弾性波に対するクローキングを可能にする方法です。

「私たちは、ゴムなど普通の材料にプレストレス(予応力)をかけることによって、ある種の弾性波に対するクローキング効果が得られることを理論的に明らかにしました。この研究が示しているのは、私たちが実際に弾性波の方向と速度を制御できる可能性があるということです。これは重要なことです。弾性波の誘導は、様々な分野で必要とされているからです。電子デバイスなど、ナノレベルの応用分野では特にそうです」

Parnell氏が最近発表した論文では、ゴムのような軟らかい非線形弾性媒質(ネオ・フック弾性体)の中心部に円筒形の空洞を作り、この媒質にプレストレスをかけた場合の挙動について考察しています。

図(a)は、プレストレスがかかる前の媒質中を伝わる面外せん断波の二次元断面をモデリングしたものです(せん断波は、地震で言えばS波に相当する波)。白い部分が波源を表しており、媒質の中心にある小さな黒い点が円筒形の空洞です。空洞の直径が十分小さいため、波は空洞部に到達してもほとんど散乱しません。

図(b)は、図(a)のモデルにプレストレスをかけて空洞の直径を20倍に膨張させたもの。空洞が膨張したため周囲の媒質にもプレストレスがかかっています。この状態でも、媒質を伝わる波はほとんど散乱しないことが分かります。

図(c)は、媒質の中心に大きな空洞を作った場合です。空洞の直径は図(b)と同じですが、小さな空洞を膨張させたのではなくもともとこの大きさなので、プレストレスはかかっていません。この状態では、波は空洞部の周辺で大きく散乱し、空洞部を挟んで波源の向こう側には影の部分ができています。

図(b)で面外せん断波の散乱がほとんど起こらないということは、散乱係数が十分小さくなるように直径を決めた空洞を20倍膨張させても、プレストレスがかかるため散乱係数は変化しないことを意味しています。つまり、空洞は面外せん断波に対してクローキングされていることになります。

さらにこの空洞を粘性のない流体で満たせば、入射する面外せん断波に対する境界条件は、粘着摩擦ゼロになると考えられます。従って、どんな種類の物体であっても、この流体内に配置することによってクローキングできることになります。メタマテリアルのような特殊な材料を使う必要がないということです。

論文によれば、弾性波に対するクローキングについての従来の研究では、クローキング材料の条件として、せん断係数が不均質で異方性を持っており、同時に密度が不均質であることが必要とされていました。この条件を満たすのはメタマテリアルなど特殊な材料に限られます。

一方、今回のネオ・フック弾性体についてのアプローチでは、非線形プレストレスのかかった媒質中での面外波の支配方程式が、せん断係数が不均質異方性で密度は均質な媒質にプレストレスがかかっていないときの方程式と等価であることに着目しています。媒質の密度が均等でも良いということは、メタマテリアルを使わなくても、通常のゴムのような弾性媒質にプレストレスをかけることでクローキングが可能であることを意味します。また、このことは、プレストレスの強さを適当に調整してあげれば、クローキングされる物体の大きさと形状を変えられることも示唆しています。

研究チームは現在、ネオ・フック弾性体について今回提示したモデルが他の材料に対しても成り立つようなより一般的な理論の構築に取り組んでいるとのこと。そして、理論を実用化するための方法についての研究も行っているといいます。

「この理論をより大きな物体にスケールアップすることができれば、建物や構造物を完全に防護するためのクローキングに利用できるようになると思います。より現実的には、構造物の中の特に重要な部分を守ることができるようになるでしょう」とParnell氏は話しています。


発表資料

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